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『ヒミズ』よりも猛毒な園子温語録集#16 「“なぜセックスや暴力を撮るのか?”と聞かれる。逆に聞きたい。なぜ日本映画はセックスや暴力を撮らないんだ?」

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「『ヒミズ』に関しては、
最初は爽やかな青春映画にするつもりだった。

重い作品が2本続いたので軽い作品を作ろうと思ったが
そこに3.11が起きてしまった」



「福島第一原発には日本のすべてが凝縮されている。

そういう意味でも日本映画にとっては
しんどい時代だと思う。

少なくとも日本で映画を撮るときには
そこに放射能を含むか含まないかの選択をしないといけない」




「僕は基本的には社会的な事件を
まったくそのまま作品に取り入れることはしない、
オウムの事件があった時も
作品に取り込まれたくなかったくらい。

ところが3.11に関しては
作品に反映しないと先に進めなくなるという意識があった。

それで無理やりぶち込んだ感じ。
結果的には、自分の中ではやりきった感がない。

それで福島第一原発の映画を作り始めている。
作らないと日本映画が先に進めないという意識があるから」



「原作のマンガを読み返すとわかるが
住田(『ヒミズ』の主人公)の台詞は、
震災後の今、半分以上成立しなくなっている。


オープニングの“極端な不幸や幸福が訪れるのは
特別な人間だけ”というような言葉も
いまの日本では成立しない」



「住田が目指していた
“極端な不幸も幸福も訪れない普通の人生”
という、地球のお客さん的な生き方自体が成立しない状況。

それを無視して作ると現実とかけ離れた
パラレルワールドになっていしまう。


だってそこに放射能はあるんだから」




「『ヒミズ』では画面に映りこむニュース映像などを通して、
当たり前の日常の中に放射能をインクルードしている」



「3.11を『ヒミズ』に取り入れなかったら自分に嘘をついたことになる」



「取材でよく“なぜセックスや暴力を撮るのか?”と聞かれる。
逆に聞きたい。なぜ日本映画はセックスや暴力を撮らないんだ?」




「誠実に人間を描こうとすれば
暴力もセックスも必然的に入り込んでくる。

それを描かないと人間を描いたことにはならない」




■参考文献
(SPA! 2011年11月15日号)



新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス)新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス)
(2011/12/20)
古谷 実

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