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映画「ブラックスワン」について語る伊集院光

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伊集院
「あの映画の一番正しい評価っていうのは、
ナタリー・ポートマンがアカデミー賞の主演女優賞を獲っている。

けど、他は何も獲っていないってことが、俺の中では全てなの。




ナタリー・ポートマンは、表現者じゃないですか。

舞台に立つ側、主役になりたい、
白鳥の湖の主役になりたい人じゃないですか。

その演出家っていうか、舞台監督、演出する人がいて、

『お前のバレエには遊びが全然足りないんだよな』
みたいなことをずっと言ってくるワケ。

そういう関係性なの。


それで考えると、俺はバレリーナの方じゃん。
たとえば、ホモセクシャルの人がそういう映画を観るじゃん。

そうすると、普通の人がある意味、面白おかしく、
ホモセクシャルの人を戯曲化したような映画っていうのは、
普通の人にもの凄く分かりやすくなってる代わりに、
逆にその立場の人からしてみたら、
『そんなわきゃねぇだろ』って思われるようなのね。


逆に、ちゃんとその気持ちが分かる人が撮った映画で、
演出家もホモセクシャルで、
脚本家もそういう立場で、みたいに撮ったのは、
リアルで、逆に俺に良く分かんなかったりするんだよね。


俺の好きな映画で、
オリバー・ストーン監督の『トーク・レディオ』って映画があって。


それは、毒舌ラジオパーソナリティが主人公で、
リスナーとやり取りして、ヒドいことを言うの。

それで追い詰められていくんだけど、
そこには当然ディレクターも出て来て。


ラジオスタッフとこれを観ると、
ディレクターはディレクターの観点で観るんだよね。

そうすると、ディレクターの愛情が全く伝わらない感じ、
生放送が始まると、
どうすることもできなくなっちゃう感じがあったりとか。


パーソナリティからすれば、生放送が始まっちゃえば、
誰にもどうしてもらえない感じがスゴイ出てたりとか、
見方が全然違うんだよね。


俺はもう、立場としてはナタリー・ポートマンになってるんですよ。


ナタリー・ポートマンとして、主役が獲りたかったりだとか、
手慰みがしたかったりだとかだから、
ナタリー・ポートマンになっちゃってる感じで、

『こういうことは思わないよ』だとか、
『こんなことにはならないよ』って思ったりだとか…


それで、感想を池田プロデューサーに送ったの。

『観てきたよ。ハードル上がったせいもあるかな。
損したとは思わないけど、まぁ、こんなものかな』

って」


(2011年05月30日放送 JUNKより)

===================


★自分はアロノフスキー作品では
ダントツで「レスラー」派だけど
「ブラックスワン」も見ごたえあり。

「ブラックスワン」のストーリー自体は
監督も権利を買っていたほどの
今敏イズムで日本人には馴染み深いストーリーと、
「レクイエム・フォー・ドリーム」的アプローチの、
いい意味で映像と音楽の力によって観客を騙してくれることで
映画的興奮を与える。

だからこそどうしても観終わってしばらくすると
その魔法は解けてきて演出過剰が浮き彫りになる。
つまり「レスラー」とは対照的な作品。

そこらへんがヴェネツィア金獅子との違い。
でもその触れ幅こそがアロノフスキーの魅力だし、
「ブラックスワン」の場合はエンタメ映画として正しいと思う。
初期作「π」から、コーマンへの到達物語としても重要。

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